さぁ、ボクいったい何者でしょう?

 アイデンティティとは自我同一性と訳すが、心理学では「自分がまぎれもなく自分であるという感覚」のことを差し、「生誕から現在に至るまでの同一性と連続性をもつ感覚」とされている。通常アイデンティティといったときは、前の部分だけの意味でとらえ、自分ってこういう人間なんだという漠然としつつも、それでいて自分という人間の枠を決めるものではないかとボクは思う。もっと簡単に言えば、アイデンティティとは他者に対して自分という人間を説明するためのものではないか、つまり自分が自分であり他者と違うという感覚を持つためには、他者の存在が必要であり、その他者に対して自分というものを説明するためのものがアイデンティティではないだろうか。
 エリクソンの発達段階説によれば、人間が初めてアイデンティティというものを意識するようになるのは思春期、つまり中学・高校生くらいと言われている。周囲の人間との交流が増えたり、自分を自分のできること、出来ないことがだんだんとわかり始めたりするこの時期は、自分がどういう人間か考えたり、自分の思想や考えをはっきり持つようになる。それがアイデンティティというわけだ。この時期は、他者と違うことを恐れつつも、それでいて他者に対して明確であるにせよ、自己の内面的なことにせよ、他者よりも優れている何かを渇望する時期だと思う。それが、身体的な能力であったり、思想的なものであったりとさまざまではあるが、そうした自分が他者に対して誇れるものを中心として自分という枠を規定し、それをアイデンティティとして身にまとう。



もう少し書こうと思ったけど、疲れたので続きは気が向いたら。