経験と想像2

シェイクスピア・キャンペーン第2弾で『リア王』を読み終えた。ちゃんと歴史の勉強をしてから読むべきだったのではないかと思う一方で、やはり一度理解できないまでも読み流したあとで、解説書も踏まえつつ時代背景を勉強し、再び読み直し、機会があれば劇を見に行くほうが最終的にはしっかり記憶に残るのではないかとも思う。
だいたいこういうとき、ネットを徘徊すると「シェイクスピアの読み方」などといったサイトや本を紹介してくれるのだろうが、それはあくまで1つの例でありそれによって成功出来る人もいるよというものであるにもかかわらず、あたかもそれが唯一の王道であるかのようなふりをしているのが気に食わない。
特に最近巷にはびこる「○○するための10の習慣」のようなタイトルのついた本。その中でも、もっともひどいのが「出来る人になるための10の習慣」や「勉強ができる人がやっている17の習慣」などと言ったこれさえ出来れば賢くなれるというキャッチフレーズな本だ。勘違いしないでほしいのは、僕が気に食わないのが本の中身というわけではない、さすがにこれだけいろんな本が出ているので立ち読みくらいはしたことがあるし、それに類するような本を持っているが、内容はあながち間違いというわけではないと思う。問題はその習慣の数だ。そもそもちゃんと勉強すら出来ない人が、17個もの習慣を実践できるわけないし、それに一生懸命になりすぎて本来目的であったことすらも忘れ去られてしまうこともあるだろう。だから結局、人の言うことを聞いてそれを実践しようという行為は、そもそもちゃんと出来ている人がほかの人の意見を取り入れるためにすることだ、と僕は思っている。中には忠実にそれを実践する力のある人もいるかもしれないが。

シェイクスピアと並び、最近のテーマの1つは"道徳"とはどういうものかということ。教育学部にいる以上最終的には心理系に進みたいと思いつつも、教育に関する話題は避けて通れない道。特に学校教育について考える際、いじめというテーマは必ず浮上してくる。なぜいじめはいけないのかという質問に対してちゃんと答えられますか?質問してくる相手の年齢に応じて多様な答えがあるだろう。でも根本的にすっと腹に落ちていくような答えに出会ったことがない。それは決していじめを肯定しているからというわけではなく、なんだかその場しのぎのような答えばかりだからだ。基本的にある問題に答える時、その根底にはゆるぎない法則が存在しているべきだと僕は思っている。その一つのヒントとして"道徳"とはなにかという問題に取り組んでみたいと思い、マイケル・サンデルハーバード白熱教室講義録』を買ってみた。一時期話題となった『これからの正義の話をしよう』の作者だ。感想についてはいつか書きたいとは思っているが、今回はこれがメインの話題ではないので、経験と想像の話にそろそろ戻ろうと思う。

先日は、経験したことがその人の想像という行為に少なからず影響を与えているのではないかということ、そしてその例を思いつけずに終わってしまったが、そのヒントが先に挙げた本の中にあった。まさにシェイクスピアの舞台の映像を例として取り上げ、同時にシンプソンズのアニメを例示し、高級な喜びと低級な喜びとの比較に用いている。(本の中では功利主義の話題の中で挙げられているものではあるが)、つづいて「シンプソンズは誰にでも理解できますが、シェイクスピアを理解するには教育が必要でしょう。」「なるほど。高級なものを理解するには教育が必要だと言うのだね。(中略)そして、一度教育されると、人は高級なものと低級なものの違いがわかるようになり、さらには、実際に低級なものより高級なものを好むようになるというのだ。(後略)」という学生とサンデルのやり取りがある。

嗜好の話はさておき、教育が人の想像に影響を与えるということはまぎれもない事実だ。残念ながらシンプソンズは見たことがないのでなんとも言えないのだが、同じようなアメリカのテレビアニメを考えれば、視聴者が解釈を挟む隙も与えぬくらい単純な構造をしたギャグアニメだと考えて問題はないだろう。ならば、本のなかで学生が言ったように「誰にでも理解できる」ものに違いない。一方で、シェイクスピアはその場面設定を想像するためには設定された時代背景についての歴史を知らねばならぬし、さらには彼が生きた時代についての知識も求められている(らしい)。つまり、最初に僕が自分自身がどう読んでいこうか悩んでいたように、今読んでいるリア王と、勉強し終えて読んだリア王とでは違った印象を受けることになる、それは歴史的背景を知るという行為(教育)が僕の想像力に影響したからだ。さらにこれは不可逆的であるということにも注意しなくてはいけない。一度知ってしまったことを完全に記憶から拭い去ることは出来ないので、初めて読んだ時を同じ印象を2度目以降に感じることが不可能なことである。


本日はこの辺で。最後に余談だが、さっきネットで『オセロウ』を買ったらシェイクスピアの新刊のお知らせメールをいりますかと聞かれた。まぁ今後新刊が出るもんならぜひ読んでみたいと思いますけどね(笑)。